(判例時報1600号118頁)
非常に閑静な環境にある高級マンションで、2階の一室の区分所有者(被告)が、じゅうたん張りだったリビング・台所・廊下などの床をフローリング(板張り)へ張り替えたところ、真下の1階区分所有者(原告ら2名)が、フローリングにより2階で歩く音や椅子を引く音など生活音すべてが1階に響くようになり、これによって日常生活上の騒音被害・生活妨害等が発生したとして、1.精神的苦痛の慰謝料の請求と2.フローリングの床を元のじゅうたん張りに復旧工事を行うことを求めた事例です。
2階の区分所有者は、じゅうたん張りは掃除が大変で夏場はうっとうしいとの理由でフローリングに張り替えていますが、(工事費約90万円)、業者に対して防音・遮音措置を特に指示はしていません。また管理組合規約・使用細則上規定されていた専有部分の仕様変更等についての所定の書式(「事前に工事等によって損害受けるおそれのある組合員の承認を受けている」旨の工作物設置等申込書・「専有部分の仕様変更等について他の区分所有者から騒音等の苦情が出た場合は速やかに現状に復することを確約する」旨の覚書)の届け出はしていませんでした。
また真下にある1階の部屋では、じゅうたん張りの際は静かだったところ、フローリングになってからは、あらゆる生活音が響き、2階住人が寝静まるのを待って就寝し、2階住人が起床し歩き出す音で目が覚めるという生活が続いたと認定されています。また張り替えられたフローリングは防音措置(遮音材)の施されていない1階用床板材を使用し、この床板材を150ミリメートルのコンクリートスラブ上に直張りしていました(じゅうたん張りと比べて4倍以上防音効果が悪化する、と認定されています)。また管理組合理事会は訴訟提起前に両者の言い分を聞き、騒音実験を行い、管理組合総会で決議をして仲裁案を勧告するなどの努力を行っていました。
判決では、「マンションのような集合住宅での騒音被害・生活妨害については、加害行為の有用性、妨害予防の簡便性、被害の程度及びその存続期間、その他の双方の主観的及び客観的な諸般の事情に鑑み、平均人の通常の感覚ないし感受性を基準として判断して、一定の限度までの騒音被害・生活妨害はこのような集合住宅における社会生活上止むを得ないものとして受忍すべきである。一方、右の受忍限度を超える騒音被害・生活妨害は、不法行為を構成する」と一般論を述べました。その上で、1.フローリング自体に有用性は一応認められるものの、今すぐフローリングに替える緊急性がなかったこと、2.管理組合規則・仕様細則に違反して事前の届け出を怠っていたこと、3.本件フローリングがじゅうたん張りと比べて遮音効果が4倍以上悪化する1階用床板材が使用されていたこと、4.階下住人の睡眠など現実の生活が阻害されており、現在まで約2年半にわたり継続していることなどから考え、「確かにこの種の騒音等に対する受け止め方は、各人の感覚ないし感受性に大きく左右される...が、平均人の通常の感覚ないし感受性を基準として判断しても、本件フローリング敷設による騒音被害・生活妨害は社会生活上の受忍限度を超え、違法なものとして不法行為を構成する」とされました。そして慰謝料として原告ら両名に書く75万円を支払うように判決を下しました。他方、じゅうたん張りに復旧工事を行うことを求めた点については、「差し止め請求を是認するほどの違法性があるということは困難」として原告らの請求を棄却しました。
最近、分譲マンションの専有部分のリフォームに際して床材をフローリングに張り替え、これがもとになってトラブルになっている事例が多く見られます。木質フローリングは掃除が容易であること、ダニ対策などの有用性が認められる一方で、防音・遮音効果の点で他の専有部分に大きな影響を与えるおそれもあります。このため専有部分内とはいえども、木質フローリングに替えることを区分所有者単独の意思で自由に行うことは好ましくなく、「区分所有者の共同の利益」(区分所有法第6条第1項)に関わる問題と考えておく必要があります。中高層共同住宅標準管理規約(単棟型)第17条では「専有部分について、修繕、模様替え又は建物に定着する物件の取り付け若しくは取り替えを行おうとする時は、あらかじめ、理事長にその旨を申請し、書面による承認を受けなければならない」とされていますが、フローリングへの張り替えはこれに該当します。本判例でも慰謝料請求は認められましたが、復旧工事請求については認められておらず、事後的な民事訴訟による解決には限界があります。
したがって事前承認の必要性を周知徹底し、あらかじめこのようなトラブルが発生しないようにしておくことが重要です。
[同種判例]
東京地方裁判所 平成3年11月12日判決(判例時報1421号87頁)
東京地方裁判所 平成6年5月9日判決(判例時報1527号116頁)
いずれも生活騒音被害等は受忍限度内であるとして慰謝料請求は認められていません。